希望の丘広場

希望の丘広場


緊急避難施設を兼ねて 町が建設した希望の丘広場で

地域支援事業団体主催のフリーマーケットを開催していたので

ひなん所の視察を兼ねて行ってみた

真新しく 広くてきれいな施設になっている

広い芝生広場 一時避難可能な高台 バーベキュー炉

フットサルコート 大学のグランド 等々

4階建ての管理棟の屋上も非難スペースになっていたので

上ってみると はるか鈴鹿山系も望める

だが すぐ横には善太川が 少しはなれて日光川

その中ほどにこの施設は位置している

家からは少し遠いので ここへ非難することは無いけど

天気のいい休日には のんびり過ごすにはいいスペースのようだ

はさみ草

はさみ草1

はさみ草2


懐かしい 「はさみ草」 を見つけた

子供の頃 この葉をちぎってよく遊んだ

葉を指で引っ張ると 和バサミのような形に切れる

ただそれだけのことだけど

何枚も何枚も ひたすらちぎって遊んだものだ

童心に返ってやってみた

やっぱり はさみの形に切れる

なんとなく楽しい気分になった

この 「はさみ草」  正式名は 「ヤハズ草」 というらしい

どんぐり

どんぐり

昨日の記事で思い立って調べてみた

一口にどんぐりと言っても ずいぶん沢山の種類がある

学術的には コナラ属・クリ属・シイ属・ブナ属 etc

ぶな科の木に育つ種子を総称してどんぐりと呼んでいる

世界では何と6属600種類以上あって 

その内 日本には約20種類くらいのどんぐりがあるそだ

こう考えると なかなか奥が深いなぁ~

因みにこれはコナラ属の 「アラカシ」 のどんぐりである

紅葉

紅葉


各地で紅葉の便りを聞くようになった

このあたりでも 桜の葉が落ちて

林の散歩道は 歩くたびカサコソ音を立てる

大きな木の下で 老婆が何かを拾っていた

声を掛けてみると 孫にあげるのだと言う

手には何粒かのドングリが握られていた

林の木々は 全体的にまだ緑の葉が多いが

ちらほらと黄色く色づき始めた木の葉が

柔らかい秋の光を通している

フウセンカズラ

フウセンカズラ

近所の空き地に 緑色の風船をつけたつる草がある

名前を調べてみたら 「フウセンカズラ」 という

 じつにユニークな形をしていて

見た目にとても涼しげなので 花を観賞するより

風船状の果実を楽しむために栽培され

家庭の壁面緑化にも使われるようだ

この実の中にできる黒いタネには ハート形の白いマークがついていて

恋人同士で取り出して育てるのにいいかもしれない

子供たちは ハート形の部分に目鼻を書いて

サルの顔に見立てて遊ぶこともあったようだが

ゲーム機に夢中の現代っ子には そんな感性はないのかもしれない

コマツヨイグサ

コマツヨイグサ


日が短くなったと 散歩の帰りにいつも思う

家に戻るころは すっかり暗くなっている

薄暗くなった帰り道で 月明かりに照らされて

ほのかに光っている 「コマツヨイグサ」

繊弱な薄い花びらに 微光を透かして

まるで蛍火のようだ

周りの草陰からは 虫たちのコーラスが

一層ムードを盛り上げている

小酒井不木

小酒井不木 石碑


小酒井不木は 医学博士でもあり 科学的な知識を生かした  

探偵小説の草分け的な存在といえる人です

江戸川乱歩をはじめ 探偵小説で活躍した後輩を多数育成している

わが町は 不木の生誕地でその石碑がある

かつて タレントのつボイノリオ氏が ラジオ番組や講演会で

小酒井不木の短編小説 「死体蝋燭」 を

おどろおどろしい口調で 話したのを聞いて読んだことがある

内容は 蒸し暑い暴風雨の夜に 小坊主を前にした和尚の告白である

手燭の蝋燭は 先の小坊主を殺し 肉をはぎ その脂肪から作ったもので

その死体蝋燭が 今宵で尽きるという……

適度な短さと練られたプロットに引き込まれて 一気に読み終えた記憶がある

また 不木は俳句にも情熱を注ぎ 「ねんげ句会」 の発起人でもある

毎日散歩する公園には 多くの句碑が立っている

こうしたものを目にしていると また不木を読んでみようかという気になる

ただ 古い本なので旧仮名使いが ちょっと苦手ではあるのだが……

公園のベンチ

公園のベンチ


公園の散歩道には いくつものベンチが設置されている

でも この林の中を歩いていて

ベンチに腰掛けて 休んでいる人を見かけたことが無い

若いカップルが 造形物の石に腰掛けて語らってる姿や

東屋の中で休んでいる人は 時折見かける

外国や都会の大きな公園では ベンチを利用する人をよく見かけるが

こんな小さな町では そんな時間を過ごす人がいないようだ

公園にベンチは無くてもいいのか! 

しかし ベンチの無い公園は想像しにくい

使わないベンチは かなり汚れてしまったものや

壊れかけているものもある

これでは ますます座る人もいないだろう

銀杏

銀杏


イチョウの木の下を歩くと ギンナンがゴロゴロ落ちている

人に踏まれてつぶれてしまったものもある

炒ったり 茶碗蒸しに入ったギンナンは大好きだが

これを処理するのは 臭いしかぶれるし ちょっと敬遠する

因みに検索してみたら

落ちてるギンナンは 自由に持ち帰ってもいいと

名古屋市から回答されたと書いていた人がいた

でも 実っているのを竿で落として採ったら

窃盗罪になるらしいのでご注意を・・・・・

そういえば 過日このブログで

鳥に食べられてしまうだけの 公園のザクロやネクタリンは

採っていいのか疑問に思ったことがあったけど

採らなくてよかったな・・・・窃盗犯になるところだった!!

コセンダングサ

コセンダングサ


河原や空き地の荒れた土地に生育する 「コセンダングサ」

誰も絶対見向きのしないような 帰化植物の雑草

野草の写真を撮っていると こんなものにも目を向けることになる

その花をクローズアップしてみると

なんということでしょう!!(笑)

意外と美しい造形をしていると思いませんか

人が注目しないものの中でも 自分なりのこだわりを持って接すれば

それなりの楽しさを与えてくれるものだ

シクラメン

シクラメン


花屋の店先で シクラメンの鉢植えをよく見かけるようになった

シクラメンの和名は 「豚の饅頭」 というらしい

植物にはよくひどい名前が付けられているものが多い

シクラメンは 球根が豚の餌になることから命名されたようだ

今ではこんな和名で呼ぶ人もいないだろうが

「死」 「苦」 との語呂合わせや 花の赤色が血をイメージするなどの理由で

病院への見舞いにこの花を持っていく事はタブー視されている

また 本来香りはしないものだったが

布施明の歌 『シクラメンのかほり』 がヒットしたことによって

香りも要求されるようになって

今では 「孤高の香り」 「麗しの香り」 「香りの舞い」など

“色” と “形” しか品種の違いがなかったシクラメンに

“香り” という新たなアイテムも加えられた

これまで花は花として自然に存在してきたのに

人々は勝手に解釈し 勝手に改良を加えて

いつか本来の姿を忘れてしまうかもしれない

秋の日は釣瓶落とし

夕日1

夕日2

夕日3

夕日4

夕日5


散歩時間は洛陽時と重なる

秋の日は釣瓶落とし

わずか2~3分のエンディングに言葉は要らない

ただ足を止めて 圧倒的な光の中に包まれていたい

紅葉

紅葉


各地で紅葉の便りが聞かれるようになった

近くの公園は まだ青々とした緑の葉に囲まれているが

注意深く見ると 桜の葉は

枝先から 少しずつ赤くなり始めている

このあたりで きれいな紅葉の景色は望めないけど

部分的には 秋色を楽しむことができるのかもしれない

まさにトリミングの世界!

下校

下校


夕方5時 時報を伝えるミュージックチャイムが

町のスピーカーから流れる

暫くすると 部活終わりの中学生が 

橋に続く坂道を 自転車で通り過ぎる

男子は力任せに立ちこぎで頂上まで

女子は力尽きて 自転車を押して上りつく

なにやら楽しそうな笑い声や 奇声が飛び交っている

明日もまた 元気にこの坂道を登るのだろう

少し赤くなった夕焼け雲に 白いヘルメットが光っていた

秋空

秋空


この季節 度々空の写真が出てくるのはお許し願おう

「天高く」 という言葉は 「空の透明度」 からそう言われている

秋になると大陸からの高気圧に覆われて

これの水蒸気量が少ないため 空の青さが濃く澄んで見えるのだそうだ

春も同様に大陸育ちの高気圧に覆われるのに 空が霞んで見えるのは

 「黄砂」 が春の使者と呼ばれるように

土や砂が舞い上がりやすく 汚れた空気の層が低いところに留まるからという

雲の様子も夏とは変わってきた

水蒸気量が少ないので 入道雲の出番が少なくなり

秋らしい雲が浮かぶようになる

昨日見た雲が まさに秋の雲

なんとなく清々しく 芝生に寝転がってずーっと見ていたい衝動に駆られる

金木犀

金木犀


今年は庭の金木犀が 随分長持ちしていると思う

満開を迎えてから すでに3週間以上たっても

まだ花が落ちる様子もなく 満開状態を保っている

例年だと 雨に打たれてすぐに散ってしまうのに

今年は強い雨に何度打たれも 耐え忍んでいる

これは自分が気にして見ているからそう思えるのか

これも異常気象のせい?にしようと思っているのか

金木犀は「いつもと同じだがぁ~」 と言っているのか・・・・・・

ススキ

ススキ


秋だなぁ~と思う風景はいろいろあるけど

外を歩いていてどこでも目にするススキ

昔から今も変わらずあって

特に夕暮れは ちょっとセンチな気分に浸れる

今では実際に経験することはないけど

落ち葉で焼いた 焼き芋の匂いが漂ってくるような気がする

露草

露草


散歩コースから少し外れた 線路下の空き地に

夏草だと思っていた 「露草」 が まだまだ元気にいっぱい咲いていた

朝露を帯びて咲いている姿から 「露草」 と名づけられたように

朝咲いた花は昼にはしぼんでしまう

夕方にしか散歩をしない自分は 今までこの花に気づかなかった

思えば子供の頃 蛍をとった虫かごに 露草を入れていた記憶がある

調べてみたら露草には 「蛍草」 の別名があった

その頃は 誰に教わったわけでもなく 

当時の子供はそうするものだと思っていた

蛍が飛んで 露草がいつも咲いていて

そういう自然が 当たり前に自分の周りにあったから・・・

雨上がりの公園

雨上がりの公園


夕方近くなって雨は上がっていた

愛犬にせかされて いつものように散歩に出かける

雨上がりの公園は 夕暮れ時ということもあって人影も無い

ガランとした静かな公園に 冷たくなり始めた風が吹いている

西の空は 少しずつ茜に染まり始めて

明日はきっといい天気になるのだろう

ホシアサガオ

ホシアサガオ


夕方の散歩時に しぼんでしまった花をつけているつる草をよく見かける

どんな花を咲かせてるのかなぁ と思いつつ

ずーっと知らないままでいた

先日 昼間に散歩コースを歩く機会があった

なんとそこには あのつる草がいっぱい花を開いていた

小さな小さな可愛い朝顔!

「ホシアサガオ」 であることを知った

結構な広範囲に 咲き乱れているのを見て感動!!

やっぱり野草の花を撮るなら 昼間でないと・・・って

改めて思い直した

犬の散歩を 朝晩2回にしようと心で誓ったけど

3日坊主で終わりそう・・・・・・(-_-;)

コムラサキ

コムラサキ


スーパーの駐車場の脇にびっちりと紫の実をつけた 「コムラサキ」 があった

手入れが行き届いてないので 雑草の中にまぎれている

でも 鮮やかな紫色が人目を引く

コムラサキと同じような紫の実をつけるものに 「紫式部」 がある

紫式部の実は もっと大きくて疎らにつくそうだ

これは紫式部より小ぶりなので 「コムラサキ」 となったようだ

花屋で見かけるのも 実のつきかたがいい 「コムラサキ」 の方が人気があるそうだ

雑草にまみれたスーパーのコムラサキも もう少し手入れをしてやったら

もう少し足を止めて 見ていく人も増えるかもしれない

奇跡の一枚

奇跡の一枚


公園の大きな池で 時折バッシャンと水のはねる音がします

特に夕方になると大きな魚が飛び跳ねているんです

佐屋川はへらぶな釣りで有名だし 鯉などもたくさんいるようだから

多分その類の魚だと思う

前から一度 飛び跳ねてる写真を撮ろうともくろんでいるが

広い池の どこで跳ねるか分からない

一度飛んだあたりにカメラを向けていると 全く違う場所で飛び跳ねる

まるで嘲り笑っているようだ

アップで撮りたいが 画角が狭くなるのでむづかしい

広角で狙っても バッシャッと音がしてからシャッターを押しても遅い

もうあきらめた時 最後に捉えたのがこの写真

その部分だけトリミングしたけど 分かってもらえるかなぁ・・・

本当は もっと高くジャンプしているんだけど



西洋タンポポ

西洋タンポポ


タンポポと言えば春に咲くものと思っていたから

こんな季節にタンポポ?

調べてみたら タンポポには 「日本タンポポ」 と 「西洋タンポポ」 があった

日本タンポポは一年に一度 春先にだけ花を咲かせるが

西洋タンポポは条件さえ揃えば 一年に何度でも花を咲かせるという

更に日本タンポポは 自分の花粉では自家受粉することはできないが

西洋タンポポは 受粉しなくても種子をつくることができるようだ

つまり ひと株だけでもたくさんの子孫を残すことができるのだ

ということは だんだん西洋タンポポが幅を利かせるようになって

タンポポに蝶が舞って 春だなぁ~なんて季節感がなくなってしまわないか?

年中見られるタンポポは 日本的情緒を奪ってしまうかもしれない

ナンバンギセル

ナンバンギセル


花サイトの友人から教えられて 

毎日通る散歩コースの土手に 「ナンバンギセル」 が咲いてるのを知った

サイトの写真ではよく見るけど 実物は始めてみる花だった

珍しさもあって 一株土ごと採取して鉢に活けたが

調べてみたら ススキなどに寄生する寄生植物で

そこから養分を取りながら生育し 自分で光合成をして生長することができないらしい

夏~秋に開花して タネを結んで枯れる1年草ということで

親元のススキと切り離してしまって 可哀想なことをしたと

ちょっと心が痛んでいる

ギンモクセイ

ギンモクセイ


毎日公園を歩いているけど 今までこの樹の存在に気づいていなかった

あちこちから 金木犀の匂いはするので

姿が見えなくても すぐ気がつくけど

この花には 強い香りは無い

色も地味だし 他の木にまぎれて 存在感が薄い

やっと気がついて 傍に寄ってみたら 白い金木犀?

調べてみた 

その名は 「銀木犀」

銀木犀は匂いが少ない分 1年に何回か咲く

でも やはり甘い香りの金木犀のほうが人気があて

だんだん需要が少なくなった 

普通に「モクセイ」と言えば金木犀のことを指す

しかし 本当は銀木犀が原種で 金木犀が変種なのだ

主従入れ替わり現象って人間社会でもよくあることじゃないか

本当は自分の方が本元なのに・・・・・・って

扇風機

扇風機


一週間くらい前は ラーメンを食べる時に使っていたのに

この2~3日 朝晩は急に寒くなって

暖が恋しい季節になった

そろそろ 夏の間中使っていた扇風機を

洗って片付けようと集めてみたら 全部で5台もあった

家族が皆いたときには それぞれの部屋で使っていたが

巣立って行った後も やっぱり各部屋にあったほうが便利

そんなわけで 手入れにも手間がかかる

フヨウ

フヨウ


いつもの散歩コースの公園では

ほとんどの樹に咲く花は終わってしまったと思っていたが

目立たない一角にやさしいピンクの花が見えた

そばに行ってみると 「フヨウ」 のようだ

昔から 「美しい人のたとえ」 として

 「芙蓉の人」 という言葉がある

その言葉通り 優しく静かに微笑んでいた

「白き芙蓉  あかき芙蓉と かさなりて 児のゆく空に 秋の雨ふる」

と 与謝野鉄幹が詠んだように 

この日の夜 冷たい秋の雨が降った

杭


池のような静かな川の淵に 何本かの杭が打たれている

長い年月を経て その木は朽ち果て

頭に草の実を宿して いつしか鉢を載せているかのようだ

年々その頭を肥大化させて

それは自然が織り成す造形美のようでもあり

また 雑草の生命力に驚かさせられる風景でもある

アクセスカウンター
検索フォーム
カレンダー
09 | 2015/10 | 11
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
プロフィール

yosshy

Author:yosshy
 
なんでもない空間も自分なりの感性でトリミング
単身老人の他愛もないつぶやき

カテゴリー
最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

アクセスランキング
[ジャンルランキング]
写真
821位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
風景
283位
アクセスランキングを見る>>
月別アーカイブ
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文: