イヌコモチナデシコ

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3~4年前にはほとんど見かけなかった野草

頼りなさげな か細い茎を2~30cm伸ばして 

荒れ地や河川敷に群生して 淡紅色の花を咲かせている

ヨーロッパが原産地の帰化植物で 「イヌコモチナデシコ」 というらしい


少しの風にもユラユラ揺れるので

マクロレンズで狙っているとイライラする


同じ散歩道を通っていても

去年は気がつかなかった花に出会って

やはりカメラは手放せない


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さくらんぼ

さくらんぼ


今年もさくらんぼが たくさんの実をつけている

散歩中に楽しみながら眺めている

甘いのかな? おいしいのかな?

去年も確かめるまもなく 鳥に食べられてしまった

赤く熟れたら 一粒味見しようと思っているが

また 鳥に負けてしまうかもしれない

公園の記念樹の桜


白藤

白藤


藤色といえば 紫色を思い浮かべるが

公園の藤棚には 紫の花に混じって白い花が目を引く

歌人・窪田空穂(くぼた うつぼ)もこう歌っている

「若葉まじり 群がり咲ける白藤の 花の乱れの 日に静かなり」 


"白藤"の花言葉は、「決して離れない」「歓迎」「恋に酔う」 

たおやかに垂れる花姿から 

光源氏が義理の母である藤壺女御(ふじつぼのにょうご)に抱いた

理想の女性へのあこがれや 抑えられない恋心を記した

源氏物語からきていると解説にあった


"白藤"は、4月29日、5月8日の誕生花でもある


モモイロツメクサ

モモイロツメクサ


クローバーの日本名は 「詰め草」

江戸時代にオランダからの輸入されたガラス器の箱に

緩衝材として乾燥させたこの草が詰められていたことからついた名前

ほとんどは白い花で 「白詰草」 と呼ばれる


散歩中でも見かけるのはシロツメクサだ

少女が花冠を作っていたのも白い花だった

そんな中で ピンクの 「モモイロツメクサ」 を発見して

四葉のクローバーを発見したような 幸福感を味わう


因みに クローバーの葉は普通は三つ葉

だが 中には違うものもあって数にこんな意味があることも始めて知った

四葉のクローバー…幸福になれるというのは有名な俗信

七葉のクローバー…無限の幸福

六葉のクローバー…地位・名声アップ

五葉のクローバー…金運アップ

双葉のクローバー…不幸になる

ぜひ 五葉を見つけてみたいものだ!



鯉の滝登り

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春風に乗って 人口の滝の上を鯉のぼりが泳いでいる

穏やかな日差しを受けて 長閑な昼下がりだ

なんでもない日常だが 今はとてもありがたい

こんな平穏な毎日が 永遠に続くとは保証されていないのだから


ヘラオオバコ

ヘラオオバコ


カバンにカメラを入れて いつものように犬の散歩

特異な形の花が目を引く

この季節 いろんな草花を見つけてしゃがみこむ事が多い

この花は 「ヘラオオバコ」

細長いへら状の葉を放射状に伸ばし

茎を幾本もひょろひょろと伸ばして 花の穂をつけている

穂の周りの白い花のように見えるのはオシベということだ


カメラを出して いろんな角度から撮っている間

愛犬はおとなしく待っていてくれる

けど その犬が立ち止まって草むらの匂いをかいで動かないと

つい催促してしまう自分がいる

待たされる気持ちを教えているのだろうか・・・・・

P4232963.jpg こころ

堤防のドット

堤防のドット


堤防のコンクリートに 規則的に整列している雑草

隊列を乱すことなく 整然と並んでいる

理由は分からないが このコンクリートには

等間隔に丸い穴が明けてある

その穴のわずかな土に居場所を見つけた草たちが

自分の住家を確保したようだ


白いコンクリートに 転々と続く緑のドット

たくましい生命力が見える


シラン

シラン


季節は必ずめぐってくる

温かくなって一斉に草花が咲きだした


「光陰矢のごとし」 というが このごろやけに早く過ぎる

前にシランの花を掲載したのは つい最近のような記憶なのだが

あれからもう一年も過ぎてしまったという実感が全く無い

同じところに立ち止まっていると 時代におき去りにされてしまう

同じ花を見たとき 前の自分と違うことを自覚しなければならない

花は新しく咲き変わるけど 人は咲き変わることは出来ないのだから


若者

球場

草野球チームの4~5人が 

町営グランドで バッティングや守備練習をしていた

練習が終わると 誰からともなく用具を持ち出してグランドの整備を始める

彼らにしてみれば 当たり前のことを普段通りにしているに過ぎない

でも 当たり前の出来ない大人も多い


ワールドカップの日本サポーターが 

試合終了後にごみを片付けているニュースが世界で放送された


今回のような震災でも 

高校生や大学生が いち早くボランティアに駆けつけている

とかく 「最近の若者は」 と眉をひそめることも多いが

若者から教えられることも多い


何気ない後片付けを見て

何も出来ていない自分を恥じる


八重桜の道

八重桜の道


この散歩道を歩くのが好き

こぼれんばかりの八重の桜が 花トンネルを作って

すべての人を幸せに包んでくれる

暫くの間は 心躍る時間に浸っていたい

樹木

樹木


連日 テレビは終息しない熊本地震を放送している

数々の問題点も見えてくる中で

考えてしまうのは東海地震

気象庁も 東海地震発生の切迫性を裏付けている


度々 被災地からの情報で見えてくる

「備えの大切さ」 は分かっているはずなのに

何も準備の出来ていない自分がいる


大地にしっかり根を下ろして

ゆるぎない自信に見える樹木を

いつか安心の味方と勘違いしている

ドウダンツツジ

ドウダンツツジ


もう20年も前のことだろうか

風呂場の窓の外に ドウダンツツジを植樹した

しかし この木の成長はとてもゆっくりで

なかなか大きくならない

母は夏場に風呂に入るとき 窓を開けても

目隠しになるようにとの思惑があったようだが

その願いをかなえることは出来なかった


20年経って今 その木は完全に目的を果たした

昨日は夏日で 窓を開けて風呂に入ったら

窓には 満開のドウダンツツジの花が・・・・・

母の分まで 湯船で大きく伸びをする



新芽

新芽


冬の間 何もなくなってしまっていた枯れ木に

新しく枝が伸びて 若い芽が整然と列を成し

そこに 新しい息吹を感じる


熊本大地震で 多くのものをなくされてしまった被災者の皆さんは

今は何も考えられない状況下の元

なお続く余震に 不安の毎日が続いています


でもこんな時だから またいつか新しい枝を伸ばして

新しい生活の芽を 育て上げていくことを

心から応援したいと思います


チューリップ vol 2

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この前雑草に混じって蕾をつけていたチューリップ

気になって見に行ってみると

誰にも傷つけられることなく ピンクの花を開いていた

雑草のいろんなグリーンを従えて

凛と背筋を伸ばし その一角を彩っている

ちょっと嬉しい気分になった

忘れ物

忘れ物


誰もいなくなった公園

さっきまでの はしゃいだ子供の声から

ぽつんと取り残された遊具に

忘れられた子供服がかかっている


走り回る子供には もう上着は必要なかったかもしれない

家に帰って 母親に注意されて気づくのだろうか


公園の忘れ物は 時々見かける

自転車のヘルメットであったり サッカーボールであったり

いつも寂しげに 持ち主の迎えを待っている

イタドリ

イタドリ


いつもの散歩の土手に イタドリが出てるのに気づいた

子供の頃 山遊びの途中で

ポンと音をたてて折って 皮を剥き

ポリポリ食べたことを思い出す

ちょっと酸っぱくて 木苺等と共に山でのおやつだった


このイタドリが 歌で知っていた 「すかんぽ」 と同じだということを

今回始めて知った


「すかんぽの咲く頃」 北原白秋作詞 山田耕筰作曲

土手のすかんぽ ジャワ更紗

昼は蛍が ねんねする

僕ら小学 尋常科

今朝も通って またもどる

すかんぽ すかんぽ 川のふち

夏が来た来た ドレミファソ


原曲はこうなっているのだが

私が覚えているのは

「僕ら小学 尋常科」 のところを 「僕ら小学 六年生」 と覚えている

調べてみると 「僕ら小学 一年生」 という歌詞もあるようだ

年代によって違うのだろうか?

今でも小学唱歌で習うのだろうか?・・・・・

八重桜

八重桜


終りがあれば 始まりもある

風に乗って散る花吹雪の傍では

濃いピンクの八重桜が 

今 まさに開こうとしている


バトンは 確実に次の走者に渡っていく

サクラ


あっけなく桜は散ってしまった

満開を迎えるとすぐに 強い雨と風によって

今年から始まった

公園のライトアップを楽しむ間もなく

芽吹き始めた草の緑の上に

初雪のように 白く名残色を染めている


桜の潔さと 儚さは 充分わかっていても

もう少し春気分を満喫したかったと思う


枝に残った 薄くなった花を見上げながら

散った花びらの上を歩く

チューリップ

チューリップ


公園の片隅 大きな木の根元に

雑草に混じって 一輪のチューリップの蕾

誰かに認められることなく ひっそりと咲いている

まだ色も若くて 草にまぎれて目立たない

赤だろうか ピンクだろうか・・・・

開けばきっと 異彩を放ってくれるだろうが

今はまだ 静かに息を潜めている


コデマリ

コデマリ


「コデマリ」「ムルチコーレ」「ボンボンデージー」「アリッサム」

今回はこの4種の寄せ植え鉢が届いた

コデマリはまだ ほとんどが蕾

その姿は線香花火のようで愛らしい


このひとつひとつの蕾が

5弁の真っ白な小花になって 

小さな手毬のように 半球状にまとまる姿を

楽しみながら見守っている

清明

清明の空

夕方6時頃になっても 外はまだ明るい

愛犬にせがまれて散歩に出かける時間も ついつい遅くなる


二十四節気の一つ 「清明」 はこのころ

天地がすがすがしく 明るい空気が満ち

万物が若返り 花が咲きほこる

南の地方ではつばめが渡って来る

でも 雨が多い時季でもあり 

暖かくなった後に 小雨が降り続いて寒くなったりもする


今日のこの空模様 

明日は雨なのかもしれない・・・・

シラン

シラン


この前訪れた時は何も無かったところに

今は一斉に 「シラン」 が芽吹き

既に花芽を膨らませている

もうすぐ去年と同じように 

一面を紫の花で覆いつくしていくのだろう

こうして季節の移ろいは いつの時代も変わることなく

周りの景色を繰り返していく

雨露

雨露

夜中に降った強い雨も 朝にはすっかり上がって

庭の草花の葉に 

キラキラ輝く 水晶の小玉をつけている

満開になったばかりの桜も

この雨には負けなかったようだ


ところで 「雨露」 をなんと読みますか?

一般的には 「あめつゆ」 で 雨と露の意味


漢語的表現では 「うろ」 

「雨露霜雪 (うろ そうせつ)」 という言葉があるように

さまざまな気象の変化や 人生でのさまざまな苦しみや悩みのことをいう


また 「あまつゆ」 なら

「雨の雫」 という意味が加わる


だから この 「水晶」 のことは 「あまつゆ」 と読もう



だいこんの花

だいこんの花


これが 「大根の花」 か~

畑の脇に 白や薄紫の花が咲いていて

撮ってきた写真を調べてみて分かった


昔 TVドラマの 「だいこんの花」 を見たことがある

森繁久彌と竹脇無我の 親子の物語だった

どうしてこの題名だったのか調べてみたら

こんな台詞があった


「おい誠 だいこんの花っての 知っとるか ? 」

「だいこんに花が咲くのかい ? 」

「そりゃあ咲くさ・・・

 春の終わりごろにな この茎がスーッと伸びて来てな

 その先に白か薄紫の花がな 細かくたくさん集まって

 それでそれがひっそりと咲くんだよ

 そしてほとんど誰の目にもとまらないうちに 散っちまうんだよ

 まあ お母さんがそのだいこんの花だな・・・」



父と息子が一緒に入浴するラスト・シーンだった

視線

猫


道端にしゃがみこんで 小さな野草の花を撮っていた

右の方から なにやら視線を感じる

振り返ってみると 猫がジーッと見つめている

目があっても逃げようともせず

「何やってんだよ!」 と座り続けている

ここは君のテリトリーか?

私が立ち去るまで 身動きせず座り続けていた

写桜

写桜


いよいよ満開になった桜

桜の木の下に行くと 誰もがカメラを向けたくなる

今はスマホできれいに 簡単に撮れるから

だれもがこの一瞬を捉えずにはいられない

人の心を これほどまでに魅了するのは何なのだろう

去年も一昨年も

また同じような写真が増えていく・・・・

光へ

光へ


暮れようとする空の向こう側には

明けようとする空が広がっている

その空に向かって 一直線に飛び立とうとするものがいる

でも その空も1日の終わりと共に暮れようとする


欲望は限りない

暮れようとするこの空も すぐに明けるのだから

今この空の下を 楽しもう!

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